COLUMUN

『強いとは』
 
おはようございます。
本日も心のあり方についてお話をさせていただきます。
武道を学ぶ上で大事な考え方が3つあるとお伝えしております。
今日はその内の一つ、
強いとはどういうことなのかという考え方についてお伝えしたいと思います。

今戦争が行われています。ロシアとウクライナの間で争いが起きています。
ここでご質問させていただきたいのがどちらが強いと思いますか?
この答えはあなたが持っている強いとはどういうことかという考え方によって決まります。
強いとはどういうことかというと、強いとは”あるべき姿でいること”です。
私たちが知りえる情報はあくまでも表面的なものであったり、片側一方の主張であったりと偏りが必ずあるものです。なのであくまでも見えている部分で判断をすると、力を持ったロシアがウクライナに自分たちの言うことを聞きなさいと強要している様に見えます。
これは”あるべき姿”でしょうか?
私にはあるべき姿ではないように思えます。よってロシアは”弱い”ということです。
次に強さとは何なのかということを考えてみます。
強いかどうかが問われるのは物事が上手くいかない時です。上手くいっている時は上手くいっているのですから問題になりません。
今回の戦争についてあくまでも私たちが知りえる情報から察するに、お互いの交渉が上手くいかず、ロシアが武力をもってウクライナに言う通りにしなさいとしています。
これがどういうことかというと、ロシアは自分が悪くない、悪いのは相手だ、としています。ここから弱さが何なのかが見えてきます。弱さとは”自分”です。
上手くいかない時にこの”自分”を大事にしてしまうとあるべき姿から遠ざかっていきます。自分ではなく、相手を変えようとします。
日常においてもこれはよくあることです。相手が気に入らないからといって自分の周りの人にも同じように相手を悪く見るように仕向ける、これを悪口と言いますね。
今回の戦争にしても、日常の悪口にしても、ものの本質は変わりません。思い通りに行かない憤りを相手を変えることで解決しようとしているという事です。
一方のウクライナを見てみましょう。彼らが何のために戦っているのかというと、テレビのインタビューを見る限りでは、平和のため、祖国のため、家族のために戦っていると答えています。このことを見ていると何が強さなのかが見えてきます。
弱さが”自分”に対して、強さとは人それぞれですが”自分以外の何か”であることは間違いないでしょう。強さとは何があなたを強くするのかということです。それは大切な人であったり、大切にしている考え方であったり、色々考えられます。
ここまでのお話から今日一番お伝えしたいことは、強くなるために相手を大事にしようねということです。
ここで日常で心がけることが出来る習慣があります。
それは”感謝”と”敬意”です。
日ごろからありがとうを言っていたり、礼儀を大切にしていたりとしている方もみえるかと思いますが、一日の中でありがとうと思える機会は1回でも多い方が良いです。そのようになるためのものの見方を紹介します。
先ほど強さと弱さの両方を考えることである程度の理解が出来たかと思いますので、今回は感謝の反対も考えたいと思います。
感謝の対義語は?というと怨嗟などが考えられます。これは言葉の上での話であって、思考の上では別の考え方が必要です。ここでは感謝の反対を”当たり前”と考えてください。
例えば子供たちは今日朝ご飯を食べたと思いますが、朝ご飯が用意されることは当たり前でしょうか?
今日試合会場まで両親に送ってもらったと思いますが、それは当たり前でしょうか?
大会があることは?皆さんと競い合えることは?
皆さん恐らく”当たり前”になっていると思います。それが悪いとは言いません。人間とはそういうものですので、普通というだけです。
皆さんは気付かないうちに色々なもの、色々なことをいただいています。それに気付かないだけです。
自分が如何に色々といただいているかを気付くために、この”感謝”の反対は”当たり前”というものの見方をしてはいかがかと思います。
感謝する機会とは実は多くあり、それに気付かないだけです。
人間の心は一日一日の積み重ねによって作られていきます。一日一日の心への働きかけは非常に微々たるものです。しかしそれが10年ほどかけて確実に作られていきます。いくら組手が強くなろうと感謝や敬意の無い者が人として強くなることはあり得ません。何気ない日々の習慣こそ大切にしてみてください。
今日お伝えしたことは、”強い”とは”あるべき姿でいること”、そして強くなるには相
手を大事にすることです。
以上です。ありがとうございました。
2022 年 3 月 20 日
(社)日本ITF テコンドー協会理事長岸玄二
第 25 回岐阜県テコンドー選手権大会にて
 
 
 

『組織の方向性について』
 
おはようございます。
協会としてコロナ禍後としては初めての大会を開催することになりました。
このような状況の中でご協力いただけるスタッフの皆様には大変感謝をしております。
ありがとうございます。
賛否両論ある中で大会を開催するのは指導の現場で特に子供たちを指導させていただいて
いると、やる気の火がどんどん消えていってしまう様を目の当たりにします。
そういった中で大会の開催は必要と判断をし、今に至ります。
考え方として世界は変わってしまったということです。元には戻らないと考えた方が良い
ということです。その中で自分たちも変わる必要があるというだけの事です。
大会開催に際して必要な制限を設け、始めは厳しめではありますが、徐々に緩和していき
ます。
今回初めてという事で、心苦しいのですが遠方からお越しの方はお車での移動をお願いい
たしました。しかしながらスタッフ様の安全性に対してのご理解と同意が得られなければ
大会の開催は出来ません。何卒ご理解のほど、よろしくお願いします。
今後も大会を開催していきますが、我々がコロナ対策で最も重きを置いている部分はワク
チンでもなく薬でもなく信頼関係だという事を念頭に置いていただきたい。
自ら制限するところはしっかりと制限し、楽しむところはしっかりと楽しむ。今後もその
ようにやっていきたいと思います。
さて本日も皆さんの心のあり方についてお話をさせていただきます。
先日ですがある大学生とお話をしていまして、皆さんが楽しく談話をされる中で、真剣な
顔で何やら相談事を持ちかけられました。
詳細は覚えていないのですが、何やら塾の先生をしていて、生徒に対して憤りを感じる部
分があるような感じだったと記憶しております。
その中で彼が言ったことに『大事なことは尊重することですよね』という言葉がありまし
た。
正直すごいなあと思います。二十歳そこそこの方が尊重という言葉を使うんだなと。
それ対して考えない方は一生考えないと思います。それくらい普段使わない言葉です。
そこで話を進めてみたのですが、『では憤りを感じる方に対しても尊重しないと』という話
をした時に『そーなんですか?』という言葉が返ってきまして、それでは意味が無いねと
いう話になりました。
皆さんは腹が立つ相手に対して、憤りを感じる相手に対して尊重出来ますか?
尊重するということは簡単に言いますと”あなたはそれでいいですよ”ということです。
しかしそれをすると自分の中にあるイライラなどは消えません。だからこそ難しいと思い
ます。通常ですと愚痴を言ったり運動をしたりして発散するところです。
ここで尊重することの意義について考えてみると、”あなたはそれでいいですよ”とすると
いうことは自分の中にある憤りに対して自分で解決する必要があります。もちろん前述の
通り、愚痴や運動などで発散することも手段と一つですが、最も良いのが”自分が変わる”
ことです。
”あなたはそれでいいですよ”と出来るから”自分が変わるから”という発想になります。
つまり変われる人であるか変われない人であるかということを決めるということです。
では変われるか変われないかという部分を考えますと、例えばあなたが粘土だったとして、
ある器に入らなければならないとしましょう。その時に硬い粘土は頑張って形を変えなが
ら入っていくことになります。また器にも大変な負荷がかかります。これを人間に戻すと
どちらも痛い思いをするということです。
これが粘土ではなく水だったとしたらすんなりと形を変えて器のに収まります。
簡単に言いますと、自分が変われなければ物事が上手くいきませんよということです。
しかし腹が立つ相手を”あなたはそれでいいですよ”とするのは難しい話ですし、腹が立
つ相手に対して自分がわざわざ変わらなければならないのは非常に難しいことです。
ここで必要になるのが”考え方”というものです。この”考え方”とは自分がどのように
世界を、物事を見るのかを決めるものです。
私が武道を行う上で大切にしている考え方が3つあります。
その中でも一番大切にしているのが”人間とは何か”というものです。
皆さんならどのように答えますか?生き物ですでも正解です。
私は鏡だと思っています。人間とは人の形をした鏡だというのが私の一番大切な考え方で
す。
常にそのように見るわけでは無いのですが、自分にストレスがかかった時にはそのように
見るようにしています。物事をそのまま見てしまっては誰でも腹を立てることもあります。
そうならないように物事を置き換えて見るということです。
例えば朝起きて鏡で自分の顔を見た時にひどい寝癖が付いている、目ヤニが溜まっている、
眠そうな顔をしているとして、それが嫌だから身なりを整えます。誰も鏡が悪いとして鏡
を割りにいったり、もっと違った映し方をしろと鏡に求めることはしないと思います。
鏡に置き換えてみることで自分が変わるという方向に向きやすくなります。それは映しだ
された自分自身ということです。相手を否定するという事は自分を否定することと同じで
す。
相手越しにしか自分の姿は見えてはきません。自分で見た自分など、自分のことを見たい
ように見ていますのでどこが都合の良い自分になってしまいます。映しだされた自分を真
摯に受けとめて、自分を変えていくことこそが人間としての成長だと思います。
最後に皆さんは鏡にどのように映しだされたいでしょうか?
当然ですがより良く映しだされたいと思います。あなたがより良い自分に変わることが出
来れば、今笑顔で無い方も笑顔になると思います。
だから私はテコンドーで人を笑顔にしていきたいと思っています。
それが自分の人間としての成長になるからです。同然組織の成長にもなります。
私はこの武道を広く普及していきたいと思っています。
それが自分の人間としての挑戦であり組織としての挑戦です。
私自身も鏡ですので相手を笑顔にすることで自分も笑顔になれます。自分が自分がと言わ
ずにまず相手のことを優先して、その結果として自分も笑顔になれる、そういう生き方を
伝えていくためにテコンドーを教えています。
本日お時間をいただきお話させていただいたのは、世界が変わっていく中で協会としての
活動を再開していくにあたり、今この組織のリーダーが何を考えているのかは知っておい
て欲しいと思いお話をさせていただきました。
私からは以上です。ありがとうございました。
2021 年11 月20 日
㈳日本ITF テコンドー協会理事長岸玄二
第13 回全国新人戦にて


 『礼儀について』
 
皆さん、おはようございます。
本日も心のあり方についてお話をさせていただきます。何かのヒントになれば幸いです。
本日は礼儀についてのお話をさせていただきます。皆さん礼儀は大事にしていますか?
なぜ礼儀を大事にするべきなのかというお話です。
そもそも礼儀とは何か?一般的な回答としては”人間関係の基本です”という回答があ
ります。しかし人間関係の基本と言われても、雰囲気は伝わりますがよく分からない部分
もあると思います。
分かりやすくするために一つの例を考えてみましょう。あなたがお店に入って欲しいも
のがあったとするとどうしますか?”欲しい”と思ってその物を持って行ってしまっては
これはいわゆる万引きですね。絶対にやってはいけません。欲しいと思ったものはお金を
お渡しして受け取るものです。
基本的にはこれと同じことです。あなたが相手に対して何かをお願いする時に、『おい!
これやっとけ』と言うのか、『こちらの案件お願いできますか?』と言うのかで結果は全然
違ってきます。
まず”与えること”です。それに対して”受け取る”ことです。これが基本です。これ
はビジネスにも同じことが言えます。相手に対してサービスを提供して、その対価として
お金をいただきます。これを人間関係に当てはめると与えるものが礼儀だということです。
礼儀というものは友達関係には必要ありません。友達関係というものは”合う・合わな
い”の世界です。性格などが合えば気兼ね無く付き合い、合わなければ接さなければ良い
だけのことです。礼儀が必要になるのは”人間付き合い”をする時です。どういった場合
かというと、一つの目的の元に人が集まる時です。この場合は”合う・合わない”ではあ
りません。皆が目的を達成するために同じ方向に動き出します。簡単に言えば道場がそれ
に当たります。テコンドーをやるという目的のもとで人が集まりますね。会社も同じこと
です。こういった場では礼儀が必要になります。若いころからこういった場に身を置き、
礼儀を学ぶことはとても意味のあることです。
しかし『そのなのめんどくせー』という方も当然いらっしゃると思います。それはそれ
で良いでしょう。礼儀が必要ないところで生活していけば良いだけです。ただし礼儀が必
要な場で礼儀を払わないことがどうなっていくのかということを武道の考え方を元に考え
てみましょう。
武道を学ぶ上で重要な考え方が2つあります。
一つは”強い”とはどういうことか。それは”あるべき姿でいること”です。
二つ目は”行いには心が伴う”ということです。
ここでは二つ目を元に考えてみます。我々がなぜ道着を整えるのか、礼という作法を正
しく行うのか。行いを整えることで心を整えるという考え方です。行いの積み重ねによっ
て心を作り上げようということです。
では礼儀なんてめんどくせーという方が5年、10年と些細なことではありますが行い
を積み重ねた結果としてどうなるでしょう。恐らく相手の事を考えられなくなる方になる
と思います。そうなるのであれば礼儀を必要とする場所に身を置かない方が良いと思いま
す。
では逆に礼儀を大切にした方はどうなるでしょうか。逆に相手の事を考えれるようにな
ると思います。
相手の事を考えると言いますが、どういったことか説明したいと思います。
皆さん生活していると『自分があの人に嫌われているのでは』とか『今自分の悪口言わ
れているんだろうな』などと考えて落ち込むこともあると思います。しかしこれは自分の
事を考えている状態です。
相手の事を考える例として、例えばあなたが道場の指導者でいつもより元気の無い子が
いたとします。この時なぜ元気がないんだろうと、その子の周りの事を考えてみます。家
で何かあったのかな、学校で何かあったのかな、相手の見ている景色の中には当然あなた
自身もいます。
ではその子を何とか元気にしたいと思った時に、相手の景色の中で変えられる部分はど
こでしょうか。あなたがその子の家庭のことをどうにかすることも、学校のことをどうに
かすることもできません。変えられるのはあなた自身だけです。
相手のことを考えるとは相手の見ている景色を尊重すること、もし相手を良くしていこ
うと思うのであれば自分を変えることです。
礼儀とは何かというと相手のことを考えることであり、自分を変えるための習慣という
事です。自分がどうなりたいのかということをよく考えて、取り入れる必要があれば是非
取り入れてみてください。

2021 年10 月16 日
㈳日本ITF テコンドー協会理事長岸玄二
第24 回岐阜県テコンドー選手権大会にて

 『なりたい自分を持つ大切さについて』
 
皆さん、おはようございます。
コロナ禍の中で大会を開催できることは大変ありがたいことだなと思います。
また、このような状況において大会運営にご協力いただけるスタッフたちには感謝と敬
意を表させていただきます。本当にありがとうございます。
現在中部テコンドー連盟では大会の運営指針というものに則って運営させていただいて
います。これは第一の目的として大会スタッフの安全の確保、安心して大会の運営に参画
していただけるようにするためのものです。
大会と言うものは選手ももちろん大事です。しかしながら運営するスタッフが集まらな
ければ大会そのものが開催できません。まず順序としてスタッフの安全確保であるという
事をご理解いただきたいと思います。その上で、大会スタッフにある程度の同意を得た上
で今回多少の緩和をした状態で運営をしていきます。具体的には前回は子供に同伴できる
ご家族様は1名でしたが、今回はご家族であれば何名でも可となっています。
今日はその指針を切り口に、心の在り方についてのお話をさせていただきます。
前回指針と言うものを公開して、様々な人間模様が私には見えました。厳しいくらいの
指針、それを厳しく運営されているスタッフたちを見て、安心して試合に参加することが
出来た、という嬉しいご意見もあり、また逆にスタッフたちの目をすり抜けて指針を守ら
ずに大会に参会してる者もいました。そういった方たちを見て、また話が回りまわって指
針を守っている方の耳に入り、これが苦情という形で私の所に届いたものもあります。
苦情の内容と言うのはごもっともなご意見です。特に小さいお子様がいらっしゃるご家
庭においては、小さい子を家で一人にするわけにはいかないので、大会の参加を断念され
た方もみえます。そういった方にとって、知っていたかどうかはさておき、指針を守らず
に小さい子を連れてきていたと聞けば、腹を立てるのも当然です。
この例に留まらず、指針を守っている方にとって、守っていない様は腹を立てて当然の
事だと思います。
私の耳に届いた以上は、その感情を尊重して何らかの対応は必要です。
指針を守らない方には大会に参加する資格は無いと、今後の大会への参加をお断りする
のが妥当かも知れません。
しかしながら私が長である限り、罰則は与えません。
理由は人間というものは関わり合って生きています。その人がその行動を起こすまでに
様々な方が関わり、色々はものから影響を受けてその行動を選択します。
よってその人ひとりの問題ではないという考え方を私は持っています。
前置きはここまでにして、本題に入ります。
『強い』とはどういうことでしょうか?
毎回お伝えしていますが、答えは『あるべき姿でいる』ということです。
ご質問させていただきます。指針を守った方は強いですか?弱いですか?
正解は強いだと思います。指針を守ることがあるべき姿だと思います。
では守らなかった人は?これは弱い人だと思います。
ここからが重要なのですが、では指針を守らなかった人を見て腹を立てた方は強いでし
ょうか?正解は弱い人です。
その人の感情を否定するわけではありません。ただ今お話させていただいている話は『強
い』ということを軸に話をさせていただいています。何が言いたいかと言いますと、強か
った人が弱くなってしまうのは損だと思いませんか?という話です。どうしたら強くいら
れるかという話を今からさせていただきます。
皆さんは人の有り様を見て腹を立てる人間になりたいですか?
答えはそうではないと思います。しかし人間はそういった部分も誰もが持っています。
ではそうならないために何が必要かというと『なりたい自分』です。自分が人間として
どうなりたいのか。それを持っているかということです。
これは多くの方は明確には持っていないと思います。だからこそ今に囚われてずっと腹
を立ててしまう。未来になりたい自分がある人にとって、現在とはただの現状で、ではそ
れと未来の自分との違いをどう変えていこうかという思考が働きます。
しかしなりたい自分が無いと、自分の過去に重きをおいて、現在との違いに腹を立てる
ことになりやすいです。
自分は指針を守ったという思いが強い人ほど、現在守っていない方に対して腹を立てる
のは仕方のないことです。しかし最も重きを置く部分は未来の自分であって、そうあって
こそ現在を前向きに捉えることが出来ます。
今回の私であれば、指針を守っていない方がいる光景は、私がその人たちにとって信頼
に足る人間ではなかったという、ただの結果です。岸の出している指針など守らなくても
いいだろうという結果だったというだけです。現状を受けとめて皆さんにとって信頼に足
る人間になれるように努力しようと思います。信頼に足る人間になることは、私のなりた
い自分の像に重なる部分がありますので。
生きていれば腹が立つこともあったり納得いかないこともあったりします。しかしその
たびに相手を変えようとしても変わりません。相手には相手に見えている景色があり、そ
れは自分とは違う景色で、その人にはその人でやりたいことがあります。なので相手に働
きかけて変えれたとしてもそれは一時の事です。本当に変えれるのは自分だけです。
始めに述べさせていただいた通り、人間というものは関わり合っていますので、あなた
が良い方向に変わることが、相手を良い方向へと変えることができる唯一の手段です。
あなたが何かしら問題に直面した時に、自分を変えることで解決していく。この組織は
そういった人の集まりであって欲しいと願っています。
2021 年7 月24 日
第25 回東海テコンドー選手権大会にて

 『相手の事を考える』
 
おはようございます。
本日から1年の大会のスケジュールがスタートします。
それに際しまして、改めて『強い』とはどういうことかという事を伝えておきたいと思
います。
皆さん、強くなりたくて武道と関わっていると思います。なので『強い』ということが
どういうことなのかという事を正しく理解しておく必要があります。
『強い』ということについて、色々な考え方があると思います。その中で何が正しいと
いう気はありませんが、私は”あるべき姿でいること”を『強い』と定義しています。
その前提から、今日も人間についての話をさせていただこうと思います。
今日もみんなで大会という一つのものを作り上げています。そういった”みんなで行う
こと”の中で最もやってはいけないことは何でしょう?
数ある中で最も初歩的なことが『私語』です。
今日の大会は高校生の宇野弦汰指導員に大会の実行委員長を務めていただいています。
高校生という立場でこれだけのことを取り仕切ることは非常に大変なことだと思います。
しかしこういった中で人を動かす難しさであったり、人のせいに出来ない状況で自分がど
うするべきかを考える経験になればと任せています。
誰が実行委員長を務めているかという事はさておき、取り仕切る立場の者にとって、自
分勝手な行動をする者は、大変邪魔なものです。
しかし、それはこちら側(運営側)の話であって、私語をする方たちには関係のないこ
とです。運営側は嫌な思いをするかもしれませんが、私語をしている方たちには何の害も
ありません。
運営側としては予めそういう方がいるという事を理解して対処すれば良いだけのことで
す。
では私語をする側の方にとって、本当に害がないのかというと、そうではないという事
を今から話していきます。
私語をするという事はどういうことかというと、”相手(みんな)のことより自分のこと
を優先する”ということです。
ここで生きる上での大前提を説明しますと、世界いる人間があなた一人だったとしたら
どうですか?食べ物はあるとしましょう。テレビなどもあるとしましょう。しかし何をし
ますか?そこに生きる意味など無いと思います。自分以外の人がいて初めて人生に意味が
生まれます。
その上で相手の事よりも自分の事を優先して上手くいくでしょうか?
皆さんは今日朝起きてから鏡で自分の姿を見ましたか?私も1週間前に美容師にお任せ
で切っていただいた髪形が気に入らないので今日はよく見てきました。
形のあるものは鏡を見れば見ることが出来ます。しかし人間の心はそうはいきません。
ではどうすれば自分の心を見ることが出来るでしょうか?それは相手を見ることです。
自分を映しだすものはいつでも相手(自分以外の人)です。
自分を優先する習慣のある人は、自分の姿が見えなくなるという事です。
皆さんは顔に何がゴミなどが付いていたら取るでしょう。頭の上に鳩が乗っていたらど
うしますか?ズボンのチャックが開いていたら恥ずかしいので閉めるでしょう。
これは心にも同じことが言えます。気付けば人は直すことが出来るのです。しかし気付
かない人はそのまま生きていくことになります。
そしてそれは大なり小なり人間である以上、誰にでもあります。完全に自分の姿を見る
ことは出来ません。
だからこそ、人と関わる時は出来るだけ相手の事を、周りの人の事を考える習慣を持っ
た方が良いよというお話です。
㈳日本ITF テコンドー協会
理事長岸玄二
2020 年2 月23 日第18 回愛知県テコンドー選手権大会にて
 
 

 『線を引くこと』
 
今日は道場で実践すべき基本的なことについてお話させていただきます。
私が大切にしてる基本的なことは3つです。
一つは明るい挨拶、もう一つは整えることです。いずれも『行いには心が伴う』という
私の武道論が元になっています。”行い”を変えることで”心”は変わります。どう生きて
いくべきなのかを考えると明るく前向きに生きるべきだと思います。そのために人との関
わり合いの基本となる挨拶は明るく行うべきです。たとえ気分が沈んでいたとしてもです。
沈んでいるから沈んだ行動をしていると、本当に沈んでしまいます。
また整えることが武道の基本です。礼を整える、これは作法です。道着を整える、言葉
を整える、型を整える。全ては心を整えるためです。
今日は最後の一つ、『線を引くこと』について掘り下げていきます。
線を引くという事は、『あなたと私は同じではない』ということです。しかし人間は同じ
になりたがります。なぜなら楽しいからです。分かりやすい例が”友達付き合い”です。
当然ですが、それはそれでとても大切なことです。生きるうえで友達は必要不可欠です。
しかし今テーマとしているのは武道を修練する上で何が必要かということです。修練する
という事は自分を成長させることが目的です。しかし友達付き合いで成長できるでしょう
か?それは難しいと思います。相手と自分の間に線を引き、”違い”を明確にさせてこそ、
”自分”も明確になり、これからの”なりたい自分”との違いも見えてきます。
つまり、線を引くことは”成長の条件”です。
では道場で”線を引くこと”を実践できることが何かを考えてみます。
それは『礼儀』です。目上の方に対して明確に線を引くことが出来ます。
道場のあり方も様々ですので、先生と練習生が友達関係に近いこともあるかと思います。
しかしそれを否定する気はありません。ただ目的と手段は合わせるべきだという事です。
成長を求めるのであれば礼儀をしっかりと実践するべきだと思います。礼儀とは堅苦し
いと思われがちですが、礼儀とは本来、日本人にとってカッコいいものです。この価値観
は広めていきたいと思っています。
最終的には成長するために、自分の中でも線を引く必要があります。ここまではOK、こ
こからはNG、どんどん自分の中に線を引いて、自分を制限していく必要があります。
水に例えると、同じ体積でも面積の広い皿に水を入れると水は横に広がります。逆に面
積の狭い筒のような容器に入れると水は高いところまで行きます。
人間も同じことだと思います。そして目に見える自分と相手の間に線を引けない者が、
目に見えない自分の中に線など引けるわけがありません。
成長を望むのであれば、まずは礼儀を道場で実践してみてください。
㈳日本ITF テコンドー協会
理事長岸玄二
2019 年9 月22 日第5 回関東大会にて
 
 

 『物を大切にすること』
 
私が考える武道における精神性とは『行いには心が伴う』というものです。
これはいかなる行動にもそこには心が伴っているという事で、”行い”を変えることで
”心”を変えていくことが武道における精神性の修養だと考えます。武道を修練する目的
として私は『自分を(より良く)変えていく』ことが第一の目的であるべきだと考えてい
ます。テコンドーを通じて人をより良く育て、そしてそういった方達が社会に出ていくこ
とで社会をより良く変えていくことが私が本組織を運営する第一の目的であり目標です。
今日は物を大切にするということについての考え方を紹介します。
「家や学校で物を大切にするように教わりましたか?」という問いに対して、ほぼ全て
の子供たちが手を挙げてくれています。では「なぜですか?」という問いに対しては、あ
る程度の考えはあるようですが、声には出して説明は出来ないようです。
それはそれで当然のことで、子供に説明まで求めようとは思いません。
ただ数ある考え方の中で、こう考えてはどうかという考え方を紹介します。
”物”は言葉を発することは出来ません。なのであなたが練習道具のミットやグローブ
を投げたり、足で動かしても”物”は何も言いません。
しかしこれが”人”であったらどうでしょうか?動かしたいからといって投げたり足で
動かして良いでしょうか?それはダメに決まっています。
何が言いたいかというと”物”=”言葉を発さない人”。つまりは自分より立場が弱かっ
たり、力が弱かったりする人への対応を表しているという事です。
私も年齢も年齢ですので、偉そうなことは言えませんが、それでもそういった目線で多
くの”人”を見てきたつもりです。そうやって見ていると、上記の事は大体整合が取れて
います。物を雑に扱う方は、人の上に立つと目下の者に対して平気で心無い対応を見せた
りするものです。
物をどう扱うのかということは、多くの場合が”無意識”です。そして”習慣”です。
ここで知っておきたいことは、”習慣”というものが何を生み出すかという事です。
それは”考え方”を生み出します。
そして”考え方”が”行動”を生み出します。その”行動”が皆さん一人ひとりの人生
を作り上げていきます。
つまり、”無意識”に行っていることで、自分の人生が実が決まっていっている、変わっ
ていっているということです。
しかし誰もそのことには気付きません。なぜなら自分の無意識の心のあり方が自分の人
生の表舞台に出てくるまで10年かかるからです。なので1日1日の微量な変化には誰も
気付きません。
私が伝えたいことは、だからこそ”意識”をして自分の習慣を作る必要があるというこ
とです。今回のテーマで言えば、物を大切にできる人は、人(特に目下の者)を大切にで
きる心が身に付くという事です。
「習慣を作りなさい!」
と言う気はありません。自分がどうなりたいのか、どう生きていきたいのかを考えて行
動してみてください。
明るい挨拶は明るく前向きな心を作ります。整理整頓、整えることは自分の心を整えま
す。身の回りが散らかっていると、知らず知らずドタバタした毎日になっているでしょう。
”道場”とはより良い習慣を身に付ける場所でもあります。
”どう生きていきたいのか”に対して、より良い習慣を身に付けてはどうかと思います。
㈳日本ITF テコンドー協会
理事長岸玄二
2019 年8 月25 日第22 回岐阜県テコンドー選手権大会にて